五五雑記

五十代無職の日常です

西村賢太『雨滴は続く』(Audible版)

西村賢太の作品はこれまでに文庫本を6冊読んでおり、お気に入りの作家と言っていいでしょう。

3か月半額キャンペーンでAudibleに入会中なので、今回は初めてオーディオブックを聴いてみました。

Audible版の作品は2つあり、そのうちの1つが『雨滴は続く』です。

www.audible.co.jp

主人公はおなじみの北町貫多です。

根が暴力的な癖に小心者で、自尊心が高い癖に卑屈で、無神経な癖に繊細で傷つきやすいいつもの北町貫多。

無名だった若い頃の生活が描かれることが多いですが、今作では「どうで死ぬ身の一踊り」が2006年に芥川賞に初候補作としてノミネートされるまでのおよそ2年間を描いています。

主な登場人物は3名。

  • 風俗店で出会った「おゆう」こと子持ちの川本那緒子
  • 能登で挙行した清造忌で出会った若い新聞記者・葛山久子
  • 古書店落日堂の店主・新川

二人の女性の間で揺れ動く心と言えば聞こえはいいですが、色欲と金銭欲と藤澤清造で出来上がっている自分本位な男なので、甲斐甲斐しい行動を取ったと思ったら、形勢が悪くなると「淫売糞袋」だの「インテリ口臭女」だの悪口雑言をぶちまけます。

そして、なぜかとばっちりを食らって気の弱い新川が罵倒されます。

代わり映えしないいつものやつと言えばそうですが、短編ではなく今までにない長編でも飽きることなく読ませる(聴かせる)のは流石です。

 

残念ながら西村賢太は2022年2月に亡くなって本作が絶筆となっており、芥川賞の結果が出る直前で未完となっています。

もっと読みたかったなと思ってネットを調べると、追悼特集が組まれている雑誌をみつけました。

しかも本作の登場人物である葛山久子と古書店主新川のモデルとなった人物の手記やインタビューが掲載されています。

幸い近隣の図書館で蔵書されていたので、先日読みに行って来ました。

books.bunshun.jp

面白かったのは、「新川」こと朝日書林の荒川義雄氏の語る西村賢太の実像が北町貫多そのものだったのに対して、「葛山」の語るそれは若干違う雰囲気だったことです。

とりわけ酒癖が悪く、奥さんや娘さんから出禁を申し付けられていたなどと語る「新川」。

17年間文通を交わして、東京では何度も飲みに連れて行ってもらったが、いわゆる「好意」を感じることなく優しく接してもらったなどと語る「葛山」。

小説に書いてもいいですか?と聞かれたこともないし、どうせめちゃくちゃ書かれていると思うので読む勇気もないと語る「新川」。

本作連載前にモデルにして書きたいと言われたと語る「葛山」。

いずれにしても長く関係を保ち続けたのは、何かそれだけの魅力があったんでしょう。

 

まだ読んでない作品があるのでちょこちょこ拾って行こうと思いますが、本作の続編と言うか、芥川賞受賞後を描いた作品も読んでみたかったです。